仕事をしていると、どちらの負担なのか、きれいに割り切れない場面が出てきます。
見積もりには入っていなかった、小さな修正。予定より長くなった打ち合わせ。契約の範囲から、少しだけはみ出した相談。
そういうとき、私は「ちょっと損するくらいがちょうどいい」と考えるようにしています。
その場で帳尻を合わせない
割り切れないものを、毎回きっちり精算することもできます。これは追加費用です、ここからは別料金です、と。それが間違っているとは思いません。
ただ、毎回その場で帳尻を合わせる関係は、少しずつ取引に近づいていくように感じています。取引は、精算が済んだところで終わります。貸し借りがゼロになった相手とは、次に会う理由も一緒になくなってしまうのかもしれません。
少しだけ、こちらが多く引き受けている。あるいは少しだけ、相手に多く引き受けてもらっている。そのくらいの、帳尻が合いきっていない状態のほうが、関係は長く続くように思います。
結局、損得で考えているのではないか
こう書くと、「結局は損得を計算しているじゃないか」と言われそうです。
それはその通りだと思います。商売をしている以上、損得を考えていないと言えば嘘になります。私には守りたい人がいて、そのためには利益が要ります。ここを綺麗に語るつもりはありません。
違うのは、時間の長さだと考えています。一回のやり取りで得をしようとするのか。五年、十年の付き合いの中で、お互いに良かったと思える形を目指すのか。後者で考えると、目の前の小さな損は、損のうちに入らなくなってきます。
誰にでも、ではない
ただ、誰に対しても損を引き受け続ければいい、という話でもないと思っています。
こちらが引き受けた小さな損に、気づいてくれる人がいます。「いつも自分のほうが得をしているな」と感じて、「前回は引き受けてもらったから、今度は自分が」と動いてくれる人です。
面白いのは、こういう相手との間では、お互いが「自分のほうが得をしている」と感じていることです。計算は合わないのですが、私はこれが一番よい関係だと考えています。
一方で、こちらの損を、当たり前のものとして受け取る人もいます。悪気があるとは限りません。ただ、そのまま引き受け続けると、損は「ちょっと」では済まなくなっていきます。
私は、関わる誰かが犠牲になる形の商いは続かない、と考えています。その「誰か」には、自分たちも含まれます。私が引き受けた損は、巡り巡って、一緒に働いてくれているメンバーやパートナーに届くはずだったものを削ることにもなります。
だから、誰とでもこの関係を結べるとは思っていません。長く付き合える相手かどうかを見極めることも、同じくらい大事にしています。
長く続いている相手に、共通していること
見極めると言っても、相手を試しているわけではありません。振り返ってみると、長く続いている相手には、共通点があるように思います。
こちらが少し多く引き受けたことに、気づいてくれる。それを、言葉にしてくれる。金額の大きさは、あまり関係がないように思います。
返ってくるものが、同じ形である必要もありません。紹介かもしれませんし、次の仕事での配慮かもしれませんし、ただ「助かりました」の一言かもしれません。
気づいてくれる人とは、長く続いていくことが多いように感じています。
自分も、見られている
ここまで、相手を見極める話を書きました。ただ、これは同じだけ、自分にも返ってくる話です。
私もまた、誰かに小さな損を引き受けてもらっています。クライアントに待っていただいたこと。パートナーが、何も言わずに手間をかけてくれたこと。気づけたものもあれば、気づかないまま通り過ぎてしまったものも、きっとあるのだと思います。
相手を見極める前に、まず自分が、気づける側でいたい。引き受けてもらったら、次は自分が引き受ける側でいたい。そう考えています。
おわりに
クライアントとも、一緒に働く仲間とも、そういう関係でいられたらと思っています。
ちょっと損するくらいが、ちょうどいい。 お互いにそう思えている相手と、長く仕事をしていきたいと考えています。


